えぞ財団

この記事は会員限定コンテンツです。
ご覧いただくには会員登録が必要です。

会員登録済みの方はこちら

  • TOP
  • 【#えぞ財団】 連載企画「#北海道経済入門」13 ~<番外編>北海道・日本の民主主義を探る~
【#えぞ財団】 連載企画「#北海道経済入門」13 ~<番外編>北海道・日本の民主主義を探る~

【#えぞ財団】 連載企画「#北海道経済入門」13 ~<番外編>北海道・日本の民主主義を探る~

えぞ財団 2022年7月16日

北海道経済入門とは?


この連載では、小樽商科大学4年生の神門崇晶(カンドタカアキ)が北海道経済についての「今さら聞けない」 という部分を探っていきます。例えば、北海道の経済の大きさはどれくらいなのか?それを構成する北海道の主要産業は何か?など北海道経済の基本的な部分を理解していくことをインフォグラフィックを通して試みるプロジェクトです。

僕のSNSはこちらからフォローしていただけると嬉しいです!

神門崇晶(かんどたかあき):小樽商科大学4年生(休学中)。
札幌北高校を卒業し1年間の浪人生活を経て、小樽商科大学に2019年に入学。同年11月に「カレーパンドラ小樽商大店」をオーナーと共にオープン。コロナ禍により同店を休業し、2020年にYoutubeチャンネル「おたる再興戦略室」を開設。これをきっかけに、2021年4月から「札幌解体新書」の学級委員長を務め、2022年1月より「北海道経済入門」がスタート。また、2022年6月より木下斉さんとの共同連載「データで見る地域のキホン」がnoteにてスタート。


◯導入


今週は、急遽番外編をお送りすることになりました。

理由は2点あります。まず、1点目として2022年7月8日、奈良県での街頭演説中、安倍晋三元首相が銃撃に遭いご逝去されてしまったことです。ご冥福をお祈り申し上げます。

日本において、首相(元・現役含む)が暗殺(未遂含む)された主な事件は、戦前は6件、戦後は1件記録に残っています。直近だと、安倍氏の祖父である岸信介氏が首相の辞意を表明した直後に暴漢に襲われた、という事件が1960年にありました。その前は、1936年の二・二六事件や、1932年の五・一五事件、1921年の原敬刺殺事件、1906年の伊藤博文射殺事件、まで遡ります。 

このように、今回の事件は大変痛ましいことであるとともに、歴史的にも極めて異例であるということが分かります。実際、五・一五事件と二・二六事件は、これが発端となり軍部の勢いが増し、日本自体が一気に戦争へと進んでいくことになったターニングポイントになってしまいました。

以下の記事は、日本政治を専門とし、歴代の内閣総理大臣との親交も深い、ジェラルド・カーティスさんというアメリカの政治学者が今回の事件をどう見ているか、という大変興味深い内容になっています。


さて、2点目の理由として、2022年7月10日に投開票が行われた参議院選挙が終わった、ということです。今回の選挙戦の争点としては、物価高騰や30年間続くデフレからの脱却に代表される「景気・雇用対策」、ウクライナ問題を主とする「外交・安全保障」が挙げられます。そして、個人的には「憲法改正」も挙げられると思います。これは、今記事のテーマの民主主義に直接的に影響してきます。実際、今回の参院選では改憲の国会発議に必要な参院の「3分の2(166議席)」を改憲勢力が維持しました。

これにより、衆参両院で改憲の国会発議に必要な3分の2を維持しているので、岸田政権下で安倍氏並びに自民党の長年の悲願である改憲論議がより進んでいくのかが注目されます。以下、自民党が公式発表している改憲草案です。

日本国憲法改正草案 | 資料 | 自由民主党 憲法改正実現本部
https://constitution.jimin.jp/document/draft/

導入が長くなってしまいましたが、これらを前提として、えぞ財団らしく北海道における民主主義の歩みを、日本の民主主義の歩みと並べて分かりやすくまとめました。

令和に入ってから、国内では多くの痛ましい事件が起こり、世界情勢も刻々と変化しています。改めて民主主義とは何か?が問われているのだと強く感じます。今記事は、以下の高校で使用する教科書を基に書きました。それでは、民主主義について色々と見ていきましょう!


◯本日のインフォグラフィック


◯民主主義の原点


ここでは「民主主義」という思想がどのように創造されたか、ということについて軽く触れたいと思います。

現代における民主主義とは、近代民主主義を端緒としています。
そして、この近代民主主義は「個人」という思想から出発しています。 
民主主義という思想が生まれる前、西欧では絶対君主制(絶対王政)という国王が絶対的な権力・権威を持ち、経済的に貧しい市民には政治的な発言力などは皆無、という構造でした。

しかし、近代産業の発展により富裕化し教養を身につけた市民階級が次第に出現し始めます。この市民たちは次第に政治的自由の獲得や発言権を望むようになります。例えば、フランスでは第一身分(聖職者)、第二身分(貴族)には課税が免除されていたのに対し、全人口の98%を占める第三身分(市民・農民)には納税の義務はありましたが、参政権は与えられていませんでした。

これに対する不満がつのっていき、市民たちはフランス革命などの市民革命を起こしていきました。次このような過程を踏んでいき、近代民主主義が形成されていきます。産業革命は、この流れをより一層加速させていきました。
一連の市民革命を支えた啓蒙思想として、社会契約論の基本的な論理構成を記したトマス・ホッブズの『リヴァイアサン』、それをより発展させ自然状態における「所有権」を主張したジョン・ロックの『統治二論』、そしてフランス革命に多大な影響を与えたジャン・ジャック・ルソーの『社会契約論』などが挙げられます。

ここでは彼らの思想の詳細は省きますが、西欧ではこのような思想を支えとして、市民たちは自らの手によって民主主義というものを獲得していったのです。

では、日本において民主主義はどのように根付いたのでしょうか?

◯日本における民主主義


西欧における民主主義は、市民革命から誕生しました。
日本における民主主義もこの市民革命から生まれたのでしょうか?

江戸時代後期、下級武士たちが中心となった市民革命的なクーデターである明治維新が起こりました。これは、西欧のような圧政に対する内乱ではなく、幕府や外圧(アメリカなどの諸外国からのプレッシャー)への抵抗をする中で、結果的に新政府樹立に落ち着いた、という見方もできるかと考えられます。

西欧における市民革命と日本におけるそれとの大きな相違点として、以下の2点も追加されます。まず、1点目として明治維新は西欧のような平民たちではなく、当時支配階級であった武士たちによる社会変革であること。2点目として、日本では「天皇という権威」を持ち上げて新しい政治体制を創造したという点です。

このような違いからして、西欧における近代民主主義と日本におけるそれは始まりからして全く異なるものだということができます。

しかし、当時の世界の中心は近代民主主義が生まれた西欧です。近代化=西欧化と考えていた新政府にとっては、経済・産業の近代化のみならず、政治体制の近代化も急ピッチで整えなければならない課題でした。そこで、新政府は西欧由来の近代民主主義を「輸入」することにしたのです。

今日までの日本における近代民主主義は、以下の3段階を踏んでいると考えられます。1段階目は、大日本帝国憲法の制定です。

大日本帝国憲法の制定


西欧列強に並び近代化を実現するためには、まず憲法の制定が必要でした。明治23(1890)年に東アジア初の近代憲法として施行された大日本帝国憲法は、君主権の強かったプロイセン憲法をもとに、憲法を制定しました。

憲法が制定されたことにより日本にも近代民主主義が導入され始めますが、当時の選挙は普通選挙ではありませんでした。憲法の発布と同時に公布されたのが議院法衆議院議員選挙法でした。当時の国会は、衆議院と貴族院が存在し、選挙で選出されるのは衆議院議員のみでした。さらに、その選挙権を有するものは「満25歳以上で直接国税15円以上を納める男子」という条件があり、当時の全人口のわずか1%でした。

ただ、これだと条件が厳しすぎるという反発もあり、明治33(1900)年には「満25歳以上で直接国税10円以上を納める男子」へ緩和されましたが、それでも2.2%にとどまります。その後に条件が大幅に緩和されるのが、わずか15年間しかなかった大正時代なのです。

2段階目は、大正デモクラシーです。

大正デモクラシー


雑誌や新聞を通して、文学や思想が国民に広く伝わっていった、大正8(1919)年、普通選挙運動により「満25歳以上で直接国税3円以上を納める男子」へと緩和され5.5%になりました。そして大正14(1925)年には、納税条件が撤廃され「満25歳以上の全ての男子」へと大幅に緩和され、全人口の20%が選挙権を有することになりました。

ただ、選挙権が拡大されたのと同時に厳しい選挙運動規則や罰則規定が盛り込まれ、この精神は現行の公職選挙法にも残っており、日本の選挙の特殊性が指摘されています。


男子普通選挙の導入と選挙運動規制 一普選制度の論理とファシズムー .pdf
https://note.com/api/v2/attachments/download/4133a4ab492c8327ac7c40018a27325f

3段階目は、日本国憲法の制定です。

日本国憲法の制定


前の憲法では主権は国家元首である天皇にありましたが、戦後には日本国憲法の下、天皇は国家の象徴となり、主権は国民に存することになりました。また、憲法公布の前年(1945年)には、戦前までの衆議院議員選挙法が改正され、女性の参政権を認められ「満20歳以上のすべての国民」(全人口の48%)が選挙権を有することになりました。これによって、日本では完全な普通選挙が実施されることになりました。また、戦後日本ではイギリスの三権分立制度を参考にした議院内閣制を採用し、間接民主制による議会制民主主義が成り立ちました。 

2016年には、「満18歳以上のすべての国民」に年齢条件が下がり、全国民の83%が選挙権を有することになりました。

◯北海道における民主主義


このような経緯によって、日本には近代民主主義が根づきました。
では、北海道も同じような経緯を踏んだのでしょうか?

第1回目の衆議院議員選挙が行われた際、北海道の人々には選挙権・被選挙権は与えられませんでした。なぜなら、当時の北海道は地方制度の適用外であったためです。

全国的には、明治11(1878)年に府県会規則、明治21(1888)年に市制・町村制が公布され、本格的な地方自治制度が整備されていきました。しかし、北海道と沖縄のみは上述の通り適用外であり、中央省庁扱いであった北海道庁による直接管轄が続きました。

この後、北海道でも選挙権が獲得されていくのですが、帝国議会選挙、北海道における選挙、各都市における選挙の始まりのタイミングは少しずれています。

まず、帝国議会選挙ですが、北海道で初めて投票が行われたのは、明治35(1902)年の第7回衆議院選挙であり、札幌区・函館区・小樽区の3都市限定で行われました。

北海道における選挙については、北海道庁の「北海道議会のあゆみ」、から引用します。


北海道議会の議員を選出する選挙ですが、戦前までは北海道は府県扱いではなかったので議会も選挙もありませんでした。「北海道庁」という中央省庁が管轄していたからです。

しかし、明治中期からは次第に議会開設運動が行われた結果、明治34(1901)年に「北海道会法」と「北海道地方費法」が公布されたことにより議会が設置されることになりました。同年8月に初めての北海道会議員選挙が行われ、第1回の北海道会が開かれました。

その後、昭和22(1947)年に地方自治法が日本国憲法と併せて施行され、北海道庁は北海道に、北海道会は北海道議会に改められました。同年、戦後初めての北海道議会議員選挙が実施され、今に至ります。つまり、都道府県単位で見た時の地方自治は、北海道に関してはまだ80年も経っていない制度だということです。

北海道内の都市で初めて議会が開かれたのは、明治14(1881)年の函館区会が初めてです。

論文のタイトルにあるように、函館区会(この函館区は、北海道区制とは違う区)は明治14年に成立し、この時の選挙権は「満20歳以上の男子で区内に本籍住居を定め不動産を有する者と、同上にして満一年以上間断なく寄留するものに限る」(p. 339)とされています。また、被選挙権は「満20歳以上の男子で区内に本籍住居を定め区内に不動産を有する者とただ土地所有者がいない町においては中等以上の身代で不動産を有する者に限る」(p. 339)とされています。当時、まだ国政レベルでも選挙権をもたない時代であったために、区独自の基準を設けていることがわかります。

以下の清水昭典「明治14年函館区会の成立について」から引用しました。

この後、次第に選挙権と自治権の獲得が求められていきます。明治30(1897)年に、北海道区制(2年後に札幌・小樽・函館に区制が施行、後に旭川・室蘭・釧路にも施行)、北海道一級・二級町村制が公布され、北海道における自治制度が進歩しました。

このような過程を踏み、大正11(1922)年には北海道に初めて府県と同様の市制が施行され、札幌区・小樽区・函館区・旭川区・室蘭区・釧路区がすべて市に移行して市議会が開かれました。 

このように、北海道では北海道庁の管理下で段階的に民主主義の制度が成立していったと見ることができます。

地方自治制度に関してはこちらからご覧ください。

◯まとめ


北海道は1947年の地方自治法施行までは府県扱いではなかったため、他の都府県とは全く異なる経緯を踏んできました。地方における民主主義制度は地方自治に直接影響します。

ジェームズ・ブライスというイギリスの法学者は、「地方自治は民主主義の学校」と喩えました。民主主義は、間接民主制ではなく直接民主制を起源としているとされています。それは、住民の意見がより反映されやすいとされているためです。

地方自治制度では、国政のように間接的な行政の長の選出ではなく、私たちの直接選挙によって行政の長を選ぶことができます。地方の政治ほど、国政よりも私たちの意見を格段に反映させやすい制度になっているのです。都道府県よりも規模の小さな市町村であれば、その傾向はより強いものになります。

以下は、あくまでも個人的な考えと理解していただきたいです。

個人的には、地域政党やワンイシュー政党が各地域でもっと出てもいいのではないかと考えています。なぜなら、各自治体における課題はそれぞれ大きく異なるからです。例えば、北海道にだけ絞った地域政党から道内の複数自治体の長を輩出し、その長たちが自治体を横断して「緩やかな連帯」を組むことで、様々な分野における連携がしやすい体制を構築できたら、また違った地方自治の姿になるのではないかと考えています。

今記事における「北海道における民主主義」に関しては、札幌解体新書のブラサトル先生のお力をお借りしました、ありがとうございました!

では、次の北海道経済入門をお楽しみにしていただけると嬉しいです!

前回の記事へ

【#えぞ財団】 連載企画「#北海道経済入門」12 ~道央経済入門・空知編~
https://note.com/ezozaidan/n/n6170d962353d

次の記事へ

【#えぞ財団】 連載企画「#北海道経済入門」14 ~十勝経済入門~

Membership

地方の経営者による、
地方の経営者のための学び

「松山ローカル大学」はメンバーを募集しています

Price

会員料金

受講生

会員ならではの特典を活用して しっかり学びたい方におすすめ

月額11,000(税込)
  • 会員限定の交流イベントの参加
  • 全講座の参加権利(優先案内あり)
  • 講座アーカイブ視聴
※懇親会のみ実費
企業パートナー

従業員への教育ツール、情報のキャッチアップにおすすめ

年額660,000(税込)
(※請求書一括払い)
月額55,000(税込)
  • ロゴ掲載
  • 会員限定の交流イベントの参加
  • 全講座の参加権利(2名参加可能)
  • 講座アーカイブ視聴(社内利用可)

※懇親会のみ実費

オンライン学生

県外在住などでイベント参加ができない方におすすめ

10日間0
通常月額3,300円(税込)
10日間の無料期間あり!
  • 全講座アーカイブ視聴
単発受講

Peatix経由で都度イベントを申し込みいただき、単発で受講することも可能です

※イベントによっては人数上限があるので会員優先となりますのでご了承ください

Partner’s Contents

日本各地のパートナーが発信する情報

Video

動画コンテンツ

Article

記事コンテンツ