- TOP
- 【#えぞ財団】 連載企画「#北海道経済入門」14 ~十勝経済入門~
【#えぞ財団】 連載企画「#北海道経済入門」14 ~十勝経済入門~
えぞ財団
2022年7月29日
北海道経済入門とは?
小樽商科大学4年生(休学中)の神門崇晶(カンドタカアキ)が北海道経済についての「今さら聞けない」 という部分を探っていきます。北海道経済の基本的な部分を理解していくことを、インフォグラフィックを通して試みるプロジェクトです。
僕のSNSはこちらからフォローしていただけると嬉しいです!
神門崇晶(かんどたかあき):小樽商科大学4年生(休学中)。
同大学に2019年に入学。同年11月に「カレーパンドラ小樽商大店」をオーナーと共にオープン。コロナ禍により同店を休業し、2020年にYoutubeチャンネル「おたる再興戦略室」を開設。これをきっかけに、2021年4月から「札幌解体新書」の学級委員長を務め、2022年1月より「北海道経済入門」がスタート。また、2022年6月より木下斉さんとの共同連載「データで見る地域のキホン」がnoteにてスタート。
◯ 導入
前々回の空知編で道央経済入門が終わりました。次はどの地域を見ていこうか考えていると、「藤丸百貨店、閉店」というニュースが7月初旬に流れてきました。
2019年に函館の棒二森屋が閉店した後もなお、藤丸は道東で唯一の地元資本百貨店として営業をしていました。
昨年の11月ごろに帯広に行った際に藤丸に寄ったのですが衣料品中心で客足は少なく、経営は厳しそうだなと感じていました。
ただ、藤丸の再建には地元ベンチャーの「株式会社そら」が手を挙げているようです。同社はフェーリエンドルフの運営や、今年3月に帯広市内の老舗ホテル「ふく井ホテル」を子会社化しました。どのような形で藤丸の事業継承を行なっていくのでしょうか。
百貨店は、日本の高度成長期における第三次産業・小売業を代表するビジネスモデルであり、人口減少が進む地方ではほとんど成り立たないビジネスになっています。この藤丸閉店、というトピックから十勝の経済・産業を見ていきましょう!!!
◯ 本日のインフォグラフィック
◯ 十勝ってどんな地域?
北海道・日本の食料基地である十勝とは、どのような地域なのでしょうか。
十勝管内には19市町村(1市16町2村)が属しており、以下のように分類されます。
十勝北部:足寄町、上士幌町、鹿追町、新得町、陸別町
十勝中部:帯広市、池田町、浦幌町、音更町、清水町、士幌町、豊頃町、本別町、幕別町、芽室町
十勝南部:大樹町、広尾町、更別村、中札内村
面積は10,832㎢で、北海道全体(83,424㎢)の13%を占めています。
人口(令和3年住民基本台帳)は約33.5万人で、北海道全体(約522万人)の約6%を占めます。
人口推移を見ると、2020年までの約40年間、総人口を維持できた要因は生産年齢人口・年少人口が減少していることから、老年人口の増加であることがわかります。2045年には生産年齢人口と老年人口がほとんど同程度になる予測です。
人口ピラミッドからは、2020年時点で団塊世代(71-73歳)・団塊ジュニア世代(46-49歳)のコブが目立ち、全国推計では団塊世代のコブがなくなる2045年には、団塊ジュニア世代(女性)のコブが最も大きくなっています。
◯ 十勝の歴史
十勝開拓の歴史は、「晩成社」から始まっています。
晩成社とは、静岡県大沢村(現松崎町)の豪農に生まれた依田勉三が、英学塾で知り合った渡辺勝・鈴木銃太郎らと結成した十勝開拓のための会社です。依田は英学塾の後には慶応義塾に進学して当時の最新鋭の知識を吸収し、明治15(1882)年に同社を結成しました。
明治16年には13戸27名で現在の帯広市に入植しましたが開墾は遅々として進まず、事業方針を巡って争い、3者は単独で開拓を進めていくことになります。明治19年勉三は現在の大樹町晩成に移り牧畜事業を始め(これが十勝地方初の牧畜事業)、翌年銃太郎は現芽室町西士狩に、明治26年勝は現音更町然別にそれぞれ拠点を移し開拓を進めていくことになりました。
それぞれが場所を変え単独で開拓を進めていくと徐々に状況は好転し、勉三は明治35(1902)年にバター工場を創業し、現在の十勝を代表する産業の礎を築きました。
このように苦難の道を歩んだ晩成社ですが、自らが犠牲となり十勝地方の開拓を進めていきました。なた、勝の妻である渡辺カネは女性教育の面で十勝に多大なる貢献をしました。
ちなみに、六花亭の「マルセイバターサンド」はこの晩成社が由来です。
ちなみに、六花亭の「マルセイバターサンド」はこの晩成社が由来です。
十勝は広大な地域なので、晩成社以外にも多くの開拓会社が進出しました。その中に、「興復社」という二宮尊徳(金次郎)の孫である二宮尊親が社長の会社があります。
興復社は二宮尊徳の報徳仕法を実践する開拓結社であり、明治30(1897)年に現在の豊頃町二宮に移住し、明治41年までほぼ計画通りに約850haの開墾を実現しました。同社の目的は、「移住した小作人を自作農へと育てること」でした。これを実現するために、尊親が中心の勉強会や相互扶助の組織・制度などが存在したようです。さすが、尊徳の孫といった感じですね!
◯ 十勝の経済・産業
十勝は言わずもがな酪農大国ですが、その始まりは晩成社が行なった畜産事業だったのです。現在では、大樹町を中心に宇宙産業が新たな産業として芽を出し始めています。それでは、現在の十勝における経済・産業を見ていきましょう。
ここからは、北海道庁の「平成30年度(2018年度)道民経済計算年報」と北海道開発局帯広開発建設部の「データで見る十勝農業」を中心に見ていきます。
平成30年度(2018年度)道民経済計算年報 - 経済部経済企画局経済企画課
https://www.pref.hokkaido.lg.jp/kz/kks/ksk/tgs/keisan-kakuhou.html
https://www.pref.hokkaido.lg.jp/kz/kks/ksk/tgs/keisan-kakuhou.html
第一次産業
まずは、十勝の代名詞である第一次産業からです。
十勝の産業において、総生産額で見るとやはり第一次産業が基幹産業となっています。十勝の域内総生産が1.3兆円(2018年)で、その13%である1700億円を第一次産業で稼いでいます。第一次産業の盛んな北海道において、2位がオホーツクの1300億円、3位が根室の850億円なので、ぶっちぎりの生産額になっています。
その中でも、耕種と畜産が主です。耕種とは畑作+野菜で、畜産とは牛豚などの動物を育てて食用の肉・卵・乳を生産することを指します。よく言われる「酪農」とは乳製品を生産する畜産のことを指します。つまり、酪農と畜産は全く異なるのです!
畜産と酪農の違いとは?肉牛と乳牛の違いなども含めわかりやすく解説します!|酪農を知る|酪農転職、田舎暮らし情報のNOBELS WAVE
https://nobels.co.jp/nobelswave/know_dairy/difference/
https://nobels.co.jp/nobelswave/know_dairy/difference/
グラフからも明らかなように、十勝では元々耕種が盛んであり、畜産は戦後急速に産業として発展したことがわかります。
耕種では、「小麦・豆類・てんさい・馬鈴薯」が畑作4品とされ、これらとと飼料作物で全作物作付面積の約86%を占めています。作付面積(2017年)の割合はこの順になっており、小麦・豆類の作付けが 特に盛んであることがわかります。
小麦は、昭和50(1975)年から60年にかけて作付面積が大幅に増大し、それと逆行する形で水稲の生産が大幅に減少しました。これには、昭和45年からの米の生産調整(減反政策)が大きく影響しています。
また、豆類に関しては第一次大戦期に戦地であるヨーロッパへの豆類(インゲン・エンドウ)の輸出が増大し「豆成金」が出現したほど、昔から豆類が作られていました。今では小豆・インゲン・大豆の生産が盛んです。
畜産の急速な発展には、1つの制度と1つの法律が絡んでいます。
1つ目は、昭和24(1949)年に北海道の牝牛を農家に貸し付ける制度ができたことです。2つ目は、昭和36年に乳価を安定させる法律が制定されたことです。これがその後の多頭飼育を促すことになりました。それまでは5万頭近かった飼育頭数が、昭和50年には10万頭、平成3(1991)年には20万頭を超えて、日本で最大の畜産地帯となりました。
また、上記の図からも分かるように大規模経営が十勝の畜産の大きな特徴です。平成17(2005)年から平成27年の10年間で農家数全体(畑作農家も含む)は約18%も減少していますが、全体の耕地面積は変わっていません。十勝では広大な土地を利用し、畑作・畜産で大規模経営が行われています。
さらに、十勝の農業におけるキーワードは、裕福な経営体です。
このグラフを見ると一目瞭然です。全国と十勝の経営体が位置する所得層は綺麗に逆になっています。この要因として、本州の小規模経営に対し大規模経営が可能という十勝の優位性が考えられます。
また、平均値こそ全国は500万円、北海道は3000万円、十勝は5600万円になっていますが、中央値は全国が50万円未満、北海道は1500〜2000万円、十勝が3000〜5000万円であり、十勝の農家の裕福さがよくわかります。逆に、日本の農家は総じて、経営体としてとても厳しいことが同時にわかります。
宇宙産業
宇宙産業に関しては軽く触れていきます!
宇宙産業はかなりの成長産業です。現在は、アメリカ、ヨーロッパ諸国、ロシアが産業のメインとなっています。ここに、中国やインドなどが後発組として参入を狙っています。
そもそも、なぜ大樹町が選ばれたのか?という問いには、地理的要因が大きく関わっていますが、調べてみるとそれだけではなさそうな感じです。
HISTORY 大樹町の歩み | 大樹航空宇宙基地構想 HOKKAIDO SPACEPORT ~FINAL FRONTIER~
https://kachimai.jp/taiki-spaceport/history.php
https://kachimai.jp/taiki-spaceport/history.php
なんと、大樹町はすでに1985年から誘致運動をしていたのです!!!
きっかけは、前年の1984年に北海道東北開発公庫(現日本政策投資銀行)が発表した「北海道大規模航空宇宙産業基地構想」でした。
この情報をキャッチした大樹町は1年後にはすぐに誘致運動を始め、1986年には十勝管内で初の北海道航空宇宙産業基地構想研究会を開催し、1993年には大樹町初の小型ロケット打ち上げ実験を行なっています。その後も大学や中央省庁と共に実験や試験を行い、2008年にはJAXAと連携協力協定を結んでいます。
このように、大樹町が宇宙産業の拠点として選ばれたのは地理的要因のみならず、約35年間にわたって熱心に誘致運動が展開されていた、という要素も極めて大きいと考えられます。
現在、日本の製造業は、半導体や家電などの世界的シェアは中国・台湾・韓国などに奪われ、唯一の生き残りといっても過言ではない自動車産業も世界のルールメイカーであるEU主導による排ガス規制・EV移行の動きにより、岐路に立たされています。日本の産業構造がこれから劇的に変わっていくことが予想されます。
この激動の時代の中で、宇宙産業が十勝において確立されたと仮定すると、日本における北海道全体の立ち位置も大きく変わってくると考えられます。北海道における宇宙産業のこれからは要注目です!
それでは、次の記事もご覧いただけると嬉しいです。
前回の記事へ
【#えぞ財団】 連載企画「#北海道経済入門」13 ~<番外編>北海道・日本の民主主義を探る~
次回の記事へ
【#えぞ財団】 連載企画「#北海道経済入門」15 ~根釧経済入門~
Video
記事コンテンツ
Membership
地方の経営者による、
地方の経営者のための学び
「松山ローカル大学」はメンバーを募集しています
Price
会員料金
受講生
会員ならではの特典を活用して しっかり学びたい方におすすめ
月額11,000円(税込)
- 会員限定の交流イベントの参加
- 全講座の参加権利(優先案内あり)
- 講座アーカイブ視聴
※懇親会のみ実費
企業パートナー
従業員への教育ツール、情報のキャッチアップにおすすめ
年額660,000※円(税込)
(※請求書一括払い)
月額55,000円(税込)
- ロゴ掲載
- 会員限定の交流イベントの参加
- 全講座の参加権利(2名参加可能)
- 講座アーカイブ視聴(社内利用可)
※懇親会のみ実費
Partner’s Contents
日本各地のパートナーが発信する情報
Video
動画コンテンツ
Article
記事コンテンツ
Category
カテゴリ